戸畑自然と歴史とのふれあい
戸畑のまちなか散策と、金比羅公園・夜宮公園では緑・水・花を楽しめるコースです。夜宮公園の西日本工業倶楽部、旧松本邸は重要文化財となっていますので、ぜひアールヌーボー様式の外観を楽しんでください。
今回のコースはこちらです↓
①三六市民センター
三六公民館は1953年(昭和28年)旧戸畑市の地域公民館第1号として現在地に建設され、平成17年に三六市民センターと改名しました。現在、周辺にはJR九州工大前駅があり、小倉・黒崎方面への交通の便もよく、アパートや高層マンションも増え住みよい地域になっています。
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境川河口の国境石
いきなりですが・・・中原市民センターへ行く前にちょっと寄り道してみました。
これは境川の河口にある国境石で、1841年(天保12年)に建てられたものです。
北九州市は豊前国と筑前国にまたがっていて、江戸時代、その国境をはっきりさせるために国境石が建てられました。河口にあるものはレプリカですが、原石は「いのちのたび博物館」に展示されているそうですよ。
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櫓山荘跡-1
先ほどの国境石の場所からすぐのところに櫓山荘公園があるので、そちらにもちょっと寄ってみました。櫓山荘は1920年(大正9年)に、実業家 橋本豊次郎によって建てられた洋風3階建ての木造建築で、大正から昭和にかけて文化人たちのサロンとして親しまれていました。このお屋敷には高浜虚子や弟子であった杉田久女らも立ち寄ったそうです。公園の入り口もモダンな雰囲気です。
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櫓山荘跡-2
戦後、櫓山荘は取り壊されましたが、建物跡が煉瓦を敷いて表示されていて、当時の間取りが復元されていました。
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②-1中原市民センター
すみません、ちょっと本コースから反れましたが、中原市民センターに到着です。
この中原市民センターの敷地内には、控石があるそうなのですが・・・あっ!ありました!
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②-2中原市民センター(控石)
控石とは国境石がどこに建っているのかを表すもので、これは1797年(寛政9年)に建てられたものだそうです。
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くろがね線-1
くろがね線の愛称で呼ばれているこの鉄道は、1930年(昭和5年)に八幡製鐵所の鉱滓を輸送するために建設された戸畑と八幡を結ぶ工場内の専用線です。次の目的地までは、しばらくこのくろがね線沿いの道を歩いていきます。
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くろがね線-2
この道はくろがね線が続いているため、線路の下にはこのようなトンネルをくぐって、あちらとこちらの道を行き来するようになっていました。(表示板には「橋」と表示されていますね?!)背の高い人は、通るとき頭をぶつけないよう、ちょっと気をつけたほうがいいかもしれませんよ。
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③-1金比羅池
金比羅池は中央公園の中にあり、散策やジョギングには最適な自然公園です。駐車場も広く、毎日多くの人に利用されています。奥に見えるのは、総合体育館です。
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③-2金比羅池(国境石)
え?池の中に国境石!?はい、確かに国境石のようです。当時、この場所は谷に沿った山道が通っていたと考えられていて、池は1918年(大正7年)、灌漑用の溜め池として造られました。
国境石は当時のままの位置に保存されたんですね。
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④鞘ヶ谷市民センター
鞘ヶ谷市民センター付近は、先ほど散策した金比羅公園や中央公園がある自然豊かな地域です。鞘ヶ谷では、ほたると共存する地域づくりを行っていて、天籟寺川の上流では新幹線のトンネルの湧水を利用してほたるが飼育されています。飛翔期には幻想的なほたるの光を見ることができます
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くろがね線:宮田トンネル東側(戸畑側)
夜宮公園へ行く前に、またまたちょっとだけ寄り道、観音寺町方面へ行ってみました。この付近にもくろがね線が通っていて、宮田山トンネルの東側口が見られます。このトンネルは1927年~
1929年(昭和2年~4年)、人力による掘削工事で完成したものだそうです。トンネル口のデザインは、ローマの古い城壁のように花崗岩を積み上げられていて、とても重厚な造りです。
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くろがね線:宮田トンネル西側(八幡側)
ちなみに、西側のトンネル口は八幡東区の枝光にあります。こちらは東側のトンネル口とは違ったデザインで、ギリシャ様式を取り入れた美しい洞門となっています。
もし枝光に行かれたときは、西側口のほうもぜひ見てみてください。
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⑤夜宮公園(西日本工業倶楽部)
静かで優雅な雰囲気の中に、旧松本家住宅がありました。まわりは緑に囲まれていて、ここだけゆっくりと時間が流れているようです。明治期に、実業家・松本健次郎が自宅兼迎賓館として建設したもので、国の重要文化財に指定されています。アールヌーボー様式の洋館と数寄屋造り・書院造の日本館からなる建物です。
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⑥-1なんじゃもんじゃ通り
夜宮公園を抜けると、なんじゃもんじゃ通りに出てきました。
「なんじゃもんじゃの木」と呼ばれる木々が植えられているため、そう呼ばれているそうです。
珍しい木で、正式名称は「ヒトツバタゴ」といい、5月には小さな純白の花がみられるそうです。
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⑥-2なんじゃもんじゃ通り
にゃんじゃもんじゃ・・・ではなく、なんじゃもんじゃ通りで見かけたネコです。「あともうひといき、がんばって!」そう声をかけてくれたような・・・。ちょっとめげそうになっていた私は癒されながら、最後の目的地に向かいました。
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⑦九工大正門(旧明治専門学校)
九州工業大学には、旧明治専門学校設立当時(明治42年)をしのぶ建物として、大学の正門とその傍ら守衛室が残っています。
大学付近には、学生さん向けの安くてボリュームのある定食屋さんなどがたくさんありましたよ。
おなかすいたな~。
(ウォーキングを終えて)
今回は国境石を2つ見つけましたが、調べてみると現在の戸畑区中原東から八幡東区高見、田代あたりは国境についての争いが多かったため、数多くの境石を建てて境界をはっきりとさせていたそうです。今回は、江戸時代から昭和までの戸畑地区の色々な歴史とふれあえ、充実した時間が過ごせました。全コースほぼ平坦な道ですので安心して歩けると思いますが、初心者の方にはちょっと距離が長いかもしれませんので、無理せずチャレンジしてみてください!
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