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市民特派員レポート

ゆっくり、ゆったり寺巡り


都心に残された静けさと、歴史をじっくり味わえるコースとなっています。ゆっくり、ゆったりとお寺巡りをしていきましょう!!
今回のコースはこちらです↓
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①-1清水寺
まず最初のお寺は清水寺です。
清水寺は、慶長7年(1602年)細川忠興の小倉城築城のとき、城の裏鬼門にあたる現在の場所に寺院を建て、藩の祈祷寺としたのが始まりです。歴代の藩主は参勤交代の行き帰りには必ず、この寺で旅の安全を祈ったり無事の報告をしたりしたそうです。

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①-2清水寺
お寺の入口には、「弁才天池」という清水が湧き出ている池がありました。
福聚寺所蔵の「藕糸織仏画」は、この池と福聚寺の放生池の蓮からとった糸で制作したといわれているそうです。
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②円応寺(香月牛山の墓)
清水寺からすぐのところに、2つ目のお寺の円応寺がありました。
この円応寺の中には、江戸時代、小倉藩に藩医として仕え、名医とうたわれた香月牛山のお墓があります。八幡西区香月出身で、61歳のときに第2代小倉藩主小笠原忠雄から招かれ、85歳で亡くなるまで小倉に住みました。牛山は、多くの医学書も執筆しており、「小児必要養育草(しょうにひつようそだてぐさ)」は日本初の本格的育児書といわれています。牛山のお墓は、一般の方々も眠る墓地の一画にありました。
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③-1旧鉄道跡(九州鉄道 茶屋町橋梁)
円応寺から15分ほど歩いたところにある、旧九州鉄道の茶屋町橋梁へ行ってみました。
茶屋町橋梁は、槻田川に架かる赤煉瓦造りのアーチ橋で、九州鉄道(大蔵線)の橋梁として造られました。どっしりとしていて、とても風格があります。この上を列車が走っていたんですねえ。九州鉄道は門司を起点として、小倉、清水、茶屋町を通り、黒崎に至る路線で、明治24年(1891年)に開通しました。明治35年(1902年)に現在の鹿児島本線となる戸畑線が開通し、明治44年(1911年)に大蔵線は廃線となりました。
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③-2旧鉄道跡(九州鉄道 茶屋町橋梁)
橋梁のすぐそばにいたにゃんこです。
不審そうにこちらを見ていました・・・。
(あやしくないからネ。)

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④原町緑道
かつては、小倉造兵廠の引込み線が通っていたようですが、現在は木々が植えられきれいな道に整備されています。まわりは、住宅やマンションが建ち並んでいて、こどもたちの通学路にもなっているようです。次は、清水口門跡のある金田方面をめざします!

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⑤清水口門
この清水口門跡は、小倉裁判所の裏手の道にありました。慶長7年(1602)広大な小倉城を築く際に、外敵を防ぐため城郭の外に濠と土手を築き、濠の所々に出入りする門を造ったsぴでしが、この清水口門もその一つです。通行人が最も多かったのは、門司口門と到津口門だったようですが、この清水口門はあまり利用者がなかったそうです。
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⑥篠崎口門跡
次は、篠崎口門跡へやってきました。当時、木町には武家と町屋が混在していたので、この門は武士の出入りがかなり多かったと思われているそうです。現在、まわりにはショッピングセンターや高層マンションが建ち並んでいて、昔の姿がちょっと想像できない感じです。

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⑦永照寺
15世紀末頃、元武士の道証が室町の地に開山した浄土真宗の寺院で、江戸時代初めに米町に移ったと伝えられます。江戸時代を通じて多くの末寺をかかえ、北部九州における本願寺派を代表する寺として繁栄しました。平成3年(1991)大手町の現在地に移転しました。高層マンションがまわりを取り囲むようにして永照寺はあるのですが、それらに負けないくらい立派で存在感のあるお寺でした。
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⑧-1清水市民センター
ふたたび清水方面へ戻ってきました。
清水市民センターの前には日豊本線が通っていて 南小倉駅がすぐ目の前にあります。
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⑧-1清水市民センター
清水市民センターのすぐお隣りにある「永楽寺」の掲示板に貼られていました。
「今日の一日は 明日にはない 大切に。」ありがたいお言葉を胸に、今日の散策も有意義なものであった・・・と一日を終えるのでした。


(ウォーキングを終えて)
このコースは小倉のまちなかにも関わらず、お寺が多いことにびっくりしました。今回立ち寄ったお寺以外にも、お寺を目にする回数が多いと思いますのでどうぞ探索してみてください。
道も平坦でとても歩きやすかったです。当時の小倉藩の様子などを身近に思い起こさせてくれる散策コースでした。


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