木漏れ陽の足立山麓歴史と文化を訪ねて
小倉北区の都心部から、歴史や文化、癒しの自然が溢れる足立山麓周辺までを巡ります。普段は見過ごされがちな小倉北区の良さを再確認してみたいと思います。
今回のコースはこちらです↓
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①勝山公園大芝生広場
勝山公園は小倉城を中心として広がる公園で、北九州市都心部における市民の憩いの場となっており、休日には家族連れやイベントなどで多くの人々で賑わっています。
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②風の橋
橋の上にある大きなモニュメント「銀河の舟」が、気持ちよさそうに風に吹かれ動いています。
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③北九州メディアドーム
小倉は、日本の競輪発祥の地として有名です。この北九州メディアドームは、1998年(平成10)に竣工し、競輪用のレーストラックと、スポーツ・文化系のイベントを開催できる多目的アリーナです。ドームの前には大きな芝生広場が広がっていて、散歩やジョギングを楽しむ人たちが目につきました。
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④平和公園
広場のいちばん奥には、戦没者を祀る忠霊塔があります。ここは桜の名所として有名で、春になると花見の人々でいっぱいになります。残念ながら現在は冬でして・・・春までしばしお待ちを!
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⑤-1妙見神社
平和公園から少し傾斜のある坂を上ったところに、妙見神社があります。昔々、足を負傷した和気清麻呂公が。神のお告げ通り湯川の水に入ると足が治ったことから山の名前が「足立山」とついたそうです。
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⑤-2妙見神社(歌塚)
妙見神社の参道入り口にあり、1827年(文政10)に、小倉藩士で歌人の秋山光彪(みつとら)が、小倉藩で和歌が盛んになるように願って、師である村田春海の17回忌に建立したものです。
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⑤-3妙見神社
妙見神社には、狛犬ならぬ狛猪!?がいました。これは和気清麻呂公が襲われたときに、何百頭といういのししが助けたことからのようです。
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⑤-4妙見神社(横山白虹の句碑)
横山白虹は昭和12年、当時の小倉市に於いて俳誌「自鳴鐘」を主宰創刊し、多くの門弟を育成しました。『夕桜 折らんと白き のど見する』と記されています。
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⑤-5妙見神社(和気清麻呂像)
小倉市街を見渡す場所に和気清麻呂公の銅像が建っており、和気清麻呂公がいのししの背中にちょこんと乗っかっています。このすぐ隣が、足立山の登山道入り口になっています。
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⑥森林公園
1937年(昭和12)に開園した15ヘクタールの森林公園です。園内には市内最大のアカマツ林があり、九州でも霧島山のアカマツ林に次ぐ美林だと称する人もあるそうです。
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圓通寺-1
圓通寺の境内に杉田久女の句碑が2つあります。杉田久女は大正から昭和初期にかけ、女性俳句の先駆者として活躍しました。久女のことは、松本清張の「菊枕」などの小説で紹介されています。『三山の 高嶺つたひや 紅葉狩』と記されています。
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圓通寺-2
『無憂華の 樹かげはいつこ 佛生会』
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⑦北九州市立足立青少年の家
さあ、ゴールの足立青少年の家に到着です!足立青少年の家は、足立山のふもとにあり、都心の近くにありながら自然を生かした施設になっています。
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番外編-広寿山福聚寺
足立山青少年の家の近くにあるお寺です。福聚寺は、小倉初代藩主 小笠原忠真が1665年(寛文5)、中国僧の即非如一を開山として創建した。黄檗宗(おうばくしゅう)の寺です。本堂は中国風の珍しい建物で、足立山を背景に静かで厳粛なたたずまいの中にありました。
(ウォーキングを終えて)
今回は身近に森林浴を楽しみながら、歴史・文学にふれられるコースでした。足立山のふもとには妙見神社をはじめ、お寺も点在し、史跡も豊富でした。一部、妙見神社への道が上り坂でしたが、全体的には平坦な道が続くコースで歩きやすかったです。市街地からこんな近い場所に位置するこの自然は、私たちにとってとても貴重な場所だと思います。
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